吹切(ひぎれ)の散歩道
少し気が滅入ったときや、天気が良くてゆとりがあり、二匹の犬を思い切り開放してあげようと考えたときに、決まって出かける場所がある。
下甑島で最も幅が狭く、東と西の海が両方楽しめる鹿島町の吹切(ひぎれ)である。先週の土曜日も墓に飾るヒサカキ(墓柴)取りを兼ねて軽トラックの荷台にロロとゴンを乗せて出かけた。
長浜から鹿島方向へ12,3分ほど走ると目の前に海が現れる。右にカーブを曲がり少し進むと、高台に橋が架かり海岸沿いの低地までほぼ一直線に道路が伸びる場所に行き着く。ここ「ふっきり大橋」は、吹切(ひぎれ)の西海岸と東海岸の対比するすばらしい景観を提供してくれる。
我々がいつも歩くのは、その下にひそかに残る旧道である。この道は海から約50mの高さにあり、「ふっきり大橋」の手前から左の西海岸側にのびていて、橋の下をくぐって東海岸側に抜け、再び県道に戻れるようになっている。
今回も旧道に入ってすぐの所に車を止め、ロロとゴンを放して歩き始める。人がいないときはこうして自由を謳歌させるようにしている。自分の前を思い切って走る様は喜びに満ちていて、それを見る自分は癒しを貰っている。
左の真下にある海岸一体は「鷹落(たかおとし)」と呼ばれており、左側の突端が「八尻鼻(はっちりばな)」である。
釣りが好きだった30代の頃はよくこの海岸に通っていた。道路から「鷹落(たかおとし)」を見下ろすと、石浜のすぐ左側に大きな瀬がある。中潮や大潮のしけた日には、雑木の幹につかまり山の急な斜面を下って、この瀬によく乗った。湾の奥で浅く、いつもは淀みがちな場所であるが、しけて潮の流れがあると、撒き餌に型の良いクロやチヌが寄ってきた。よく行くので、当時仲間からは「カンジロウセ」と呼ばれていた。
「カンジロウセ」が好きだったもう一つの理由は、強風が吹くしけの日でも、この場所は風が穏やかだった。強風の中を遊ぶカラス達をよく見かける。一見、風から断崖に打ち付けられるかに思えるが、彼らは風がなすまま身を任せている。断崖にぶつかることなく上昇気流に乗れることを知っている。上昇気流も曲線を描いて上っていくと思えるので、「カンジロウセ」はその強風の流れから外れる角にあるのだろう。
鷹落海岸は、ヒラミナやアナゴなど貝類が豊富で、大潮の日にはかなり先の方まで歩いて行けるので、急な斜面であるが、ロープを伝って下りる地元の方々がいる。
自分の友人もその一人である。6月になると斜面にはニシノハマカンゾウが咲きほころび、遅れてカノコユリが花開く。ハマナデシコも紫色の可憐な花を咲かせる。道路脇には晩秋が見頃のサツマノギクが広がっている。愛犬たちが好んで食べる柔らかい若草もふんだんにある。
ゴン達の後を追って東海岸の方へ出る。
海岸沿いは、ウバメガシやツバキ、ハマビワなどの低木が多く、最近まで白い花を咲かせていたトベラは残った花もすっかり色褪せ、裸だった道路沿いのネムノキは新芽がほぼ出揃うまでになった。谷沿いの雑木が途切れるところから東海岸を望むと、凪いでいた西海岸と様相は一変し、南東の風が強く吹いて、白い波が海岸に打ち寄せている。
遠く上甑島を望める場所まで来ると、県道との合流地点がある。先を歩いていた犬達は足を止めて私の動きに注目している。風に吹かれながら吹切(ひぎれ)の磯をしばらく眺めて踵を返すと、彼らも一斉に反対方向に歩き始めた。